≪キリスト兄弟団大宮教会のホームページへようこそ!!≫

主にあって心から歓迎いたします。
 私たちの教会は、私たちを創られ、そして全世界を支配しておられるまことの神さまをたたえ、喜ぶことを第一としています。ぜひ教会にお越し下さり、ともに神さまに向かって賛美と祈りを捧げ、また神さまから私たちへの愛のメッセージである聖書のことばに、ともに耳を傾けましょう。
 礼拝を通してあなたの心に神さまの恵みが豊かに注がれ、神さまが与えてくださる慰めと平安を受け取ることができるでしょう。

≪今週のメッセージ≫

マタイ5:33-37

■メッセージ
 大学時代、私はとても優柔不断で、自分の所属するサークルなどで自分の決断をはっきり出来ずに、口でいう言葉と行動が一致せずに周囲に迷惑をかけることがよくありました。それらの失敗の数々で私は口の言葉の重みを身にしみて知ることになりました。

 今日の聖書箇所のテーマはそれと似ています。「誓い」についてです。「誓い」とは、あることを言明するにあたり、自分の言葉が真実であると相手に信頼してもらうための行為です。その時には双方が信頼できる保証人を引き出し、その前で誓うことになります。ユダヤ人は神との契約の民であり、誓いということを重んじていました。しかし、長い歴史の間に、軽々しく誓いを行ったり、誓いを悪用したり、破ったり、取り消すなど色々なことが起こってきたのです。そのような状況に対処するため、ユダヤ人は誓いについて数々の手続きを設けたり、誓いを解除する方法を細かく設けるようになりました。このようなことを通して、ユダヤ人たちは誓いの根本精神を忘れてしまったのでした。これが誓いについてのイエス時代の状況でした。

 そのような中で、「偽って誓ってはならない。」と伝統的に言われていたものに対して、イエスは「決して誓ってはいけません。」と言われたのです。これは自分の誓いに真実な責任を感じず、空虚な偽りの誓いをする時代人に対して「誓うな」と言われたのでした。それは引いては、むしろ全てが神の前での誓いであれ、という逆のメッセージだったのです。
またそれは、あるキリスト教グループのようにこの世の一切の誓い(誓約)を拒否するという意味でもありませんでした。そうではなく、何かの権威を持ってきて無責任に誓いを立てる誤りをせず、むしろ誠実な思いを持って自らの責任を果たすことを表明することを意味しました。それが「はい」は「はい」、「いいえ」は「いいえ」という世界です。これは、神の名や自分以上の権威を持ち出し、そこに責任を押し付けて言葉を発するのではなく、自分が出来ること、見通しが立つこと、責任を取れることなどについてはそのままに言うように、それ以上のことは宣言しないように、と述べているのです。

 ただし、そのようなことがわれわれは理想的に出来るでしょうか。ある解釈者はこれを要約し、「誠実であれ」というメッセージだとします。でも、私たちはある時は誠実であったり、またある時はそれが出来なかったりする者たちです。しかし、そのような不真実の私たちに神の真実は貫かれたのです。御子イエスが生まれ、その御子が私どもの不真実の中で殺され、神の真実の中で甦らされたのは、そのためでした。この神の真実を、日ごとに新しく受けとめて生きていくとき、その日ごとの言葉は、もはや誓いを無用としながら真実のものとなっていくのです。ここに福音があるのです。
 山上の説教は、われわれの罪が指摘されると共にキリストが指し示されるものであり、心を開いてキリストを受け入れるとき、福音のメッセージとしてそれに生きることが出来るようにならせるものなのです。


≪集会のご案内≫

☆キッズクラブ 毎週日曜日 9:30-10:15
☆主日礼拝 毎週日曜日 10:30-11:15
☆恵みの分ち合い 毎週日曜日 11:15-11:45
☆祈り会 毎週日曜日 11:45-12:00

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