≪キリスト兄弟団大宮教会のホームページへようこそ!!≫

主にあって心から歓迎いたします。
 私たちの教会は、私たちを創られ、そして全世界を支配しておられるまことの神さまをたたえ、喜ぶことを第一としています。ぜひ教会にお越し下さり、ともに神さまに向かって賛美と祈りを捧げ、また神さまから私たちへの愛のメッセージである聖書のことばに、ともに耳を傾けましょう。
 礼拝を通してあなたの心に神さまの恵みが豊かに注がれ、神さまが与えてくださる慰めと平安を受け取ることができるでしょう。

≪今週のメッセージ≫

ピリピ1:15-18

■メッセージ
 当時地方を巡回しながら福音を伝えていった人はパウロだけではありませんでした。しかし、パウロのように、純粋に主のために福音を伝えていった人たちばかりではありません。ねたみ、争い、党派心、さらにパウロを苦しめるつもりで…という人もあったようです。
 もちろん私たちは純粋な動機から、この福音に仕えなければなりません。熱心さを示すため、よく見られたいため、その他愛による動機以外のものがあってはなりません。しかし、"それでは、どこまで人は純粋か”ということが、ここで問われてきます。
 確かにすばらしい人はいます。きよめられた人もいます。しかし、現実の私たちは、やはりねたみもあれば競争心もある。全くないと言ったらウソになってしまうのではないでしょうか。
 ここで大事なことは、“動機が完全でないので福音を伝えられない”としたならば、それこそ御心に反することだということです。むしろ、その不純な自分が神に出会い、救われた事実。それこそが福音なのであって、内面がきよめられるのを待つのではなく、ありのままの自分の姿で、神の恵みを証ししていくことが大事なのではないでしょうか。
 一方、愛によって福音を伝えている人たちは、パウロが神によって立てられていることを認めていました。ですからパウロが投獄されていることを聞いて、ますます熱心に、パウロに代わって福音を伝えていったことでしょう。パウロにとって、それは大きな慰めでした。しかし、そうでないアンチパウロ派も、パウロにとっては励ましだったのです。パウロが牢獄ではなく、神の御手の中にあったように、パウロ以外の働き人も、みな神の御手の中にあることを見ていたからです。パウロは牢獄の中で、鉄格子や鎖を見ていたわけではなく、神の御手を見ていたのです。

≪集会のご案内≫

☆キッズクラブ毎週日曜日 9:30-10:15
☆主日礼拝毎週日曜日 10:30-11:15
☆恵みの分ち合い毎週日曜日 11:15-11:45
☆祈り会毎週日曜日 11:45-12:00

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